大判例

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横浜家庭裁判所 昭和40年(家)382号・昭40年(家)383号・昭40年(家)381号・昭40年(家)384号・昭40年(家)330号・昭39年(家)3229号 審判

〔主文〕被相続人亡原田幸助(芸名○○富実治郎昭和三八年三月一〇日死亡)の別紙第一目録記載の遺産を申立人立川春夫(芸名六世○○静実太夫)に、同別紙目録第二記載の遺産を申立人青木すぎにそれぞれ○○劇場が設立する財団法人○○会にすべて寄附することを条件として分与する。

申立人伊豆君代、同広瀬豊、同広瀬三郎、同広瀬信一の申立は却下する。

〔理由〕一 当裁判所の認定した事実関係

<証拠略>を総合すると次の事実が認められる。

(1) 被相続人の経歴とその遺産

被相続人原田幸助(芸名○○富実治郎明治三七年五月一五日生昭和三八年三月一〇日死亡)は六歳の頃より○○の道に入り○○派に属して爾来五〇有余年一筋に芸道精進して生涯を貫き、その間五世、六世○○静実太夫、四世○○寿実太夫、○○登実太夫の各立三味線として格調の高い至芸を発揮し、さらに作曲にも優れた才能を示し○○節三味線の第一人者として○○はもとよりわが国の邦楽界の発展に偉大な功績を残し、その作曲「○○○」により昭和二六年芸術祭賞を受け、その奏楽により昭和三〇年重要文化財○○節三味線の保持者として認定され、また昭和三七年放送文化賞を受賞、その死亡に当り、勲四等瑞宝章を授与されている。

被相続人は妻信子(昭和二三年一二月一七日死亡)があつたがその死亡後は独身を続け相続人はない。

被相続人の遺産はその作曲面においては別紙第一目録<略>記載の通り多数に及び、その不動産、動産預貯金等は別紙第二目録<略>記載の通りである。

(2) 申立人らの縁故関係とその分与請求の内容

(イ) 申立人立川春夫芸名六世○○静実太夫について

申立人は○○の宗家五世静実太夫を祖父とし、その長男○○寿実太夫を父として生を享け、昭和一五年の父の死亡、ついで昭和一八年祖父の死亡により、昭和二三年成年に達すると同時に六世静実太夫として宗家を襲名し現に家元の地位にある。

被相続人は先代家元時代から宗家と共に一体の関係で芸道に精進していたが、申立人が年少にして父を失い、ついで祖父を失つた後は申立人は被相続人を父とも慕い、被相続人も申立人を子同然と考えて申立人に対して芸道芸界の修業上の指導と公私に亘る親身な愛情を傾け、申立人が襲名後は申立人の合三味線奏者として終始し、正に芸道上は一身同体であり、事実上も親子同然の間柄ともいうべき縁故関係にある。

申立人はこのような縁故関係から被相続人の作曲関係については芸道上の貴重な文化的遺産であつて、その正調を保持するのが家元としての責務と考えるので、これの分与を受けて、○○劇場が伝統的芸能の保護発展のため被相続人の遺産によつて財団法人○○会を設立されるならば、その事業目的に寄与したい。若し、○○会が設立されない場合は申立人自身同趣旨の目的で、遺作の定期的演奏会、稽古場の設置と遺作○○三味線等由緒ある遺品の保存管理被相続人の供養等を行うため金一八〇〇万円の分与を求める。

(ロ) 申立人青木すぎについて

申立人は明治三九年三月五日名古屋生れで、地元小学校四年中退後家が貧しいため働きに出たが、二〇歳の頃より待合奉公をなし、昭和二二年頃名古屋市の待合「○○」に勤務中○○の出稽古に来る被相続人を知り、昭和二八年八月より同三二年一〇月迄は奉公先舞踊家藤崎孫治郎の命により、名古屋市○○区○○所在の同人の別荘で被相続人の身の廻りの世話をする内被相続人の信任を得、申立人も亦被相続人の人柄を敬愛していたところから被相続人の懇請と雇主藤崎孫治郎の了承の下に、同年一〇月二五日より被相続人の○○の自宅に同居して生計を共にし、爾来一六年間被相続人の死亡まで終始被相続人の身の廻りの世話、家計一切を任され、療養看護の誠を尽した、そして被相続人の死亡後も遺宅に単身で起居して被相続人の冥福を祈り供養を続けるとともに遺品の保存に努めていたが、相続財産管理人が交代して現杉本管理人が選任されるや、その命を受けてこれらの事務を補助して現在に及んでいる。

申立人は当初より、被相続人の遺産全部の分与を求めていたが、その趣旨は被相続人を私淑する至情から自身に私する意思を持たず、すべて被相続人の素志を体し、その文化的遺業を何等かの形で後世に伝えることを念じてその具体策を代理人弁護士瀬古啓三に委任していたところ、幸にして○○劇場の協賛が得られて、別紙目録第三記載の通りの財団法人○○会の設立の見通しが出来たので、分与遺産はすべてこの○○会の寄附行為とすることとしているものである。

(ハ) 申立人伊豆君代、同広瀬豊、広瀬三郎、広瀬信一について

申立人らはすべて被相続人の亡妻信子(昭和二三年一二月一七日死亡)の弟妹であつて、申立人伊豆君代は広瀬明と亡もとの二女、申立人広瀬豊は同三男、申立人広瀬三郎は同四男、申立人広瀬信一は亡もとの男(亡父山形錦之助認知)で君代らの異父弟に当る。被相続人の亡妻信子は戸籍上は亡大沢秀夫と亡ミツの四女となつているが事実は前記亡広瀬明と亡もとの長女で申立人らの長姉であつて、同女が被相続人と結婚後は義弟妹として被相続人宅に出入し、或いは同居して、夫妻から世話を受けた恩義を持ち、一方被相続人のために手続の代筆等の用務を頼まれたりはしたが、姉の信子の死亡後は被相続人の仕事の都合で留守勝のため出入りも次第に疎遠となつて爾来義弟妹としての親近感は持ち続けているが、同居したり生計を共にしたことはない。

申立人らは分与として、被相続人の遺産は姉信子の貢献によるものがあることから、信子の菩提を葬うための費用と、被相続人の遺産を有意義な用途に利用したいとして、申立人伊豆君代は不動産全部を求め、同広瀬豊は仏事用と他の縁故者への形見分け等のために金五〇〇万円を請求し、同広瀬三郎は被相続人の慰霊碑の建立と供養のために金一〇〇〇万円を、同広瀬信一も同趣旨で金五〇〇万円をそれぞれ請求している。

(3) 当裁判所の判断

当裁判所は上記(1)認定のような被相続人原田幸助(芸名○○富実治郎)の○○節における地位業績に鑑みてその遺産の分与については通常人の場合と異なり、出来得ればその文化的遺産を散逸することなく、これを維持保存して後世に伝える方策があれば、その意義を高く評価する。そしてこの方策としてわが国の伝統的な芸能の保護及び発展に寄与することを目的とする○○劇場がその傘下の財団法人として被相続人の遺産を寄附行為とする○○会設立に協賛せられたことを多とするものである。

ところで民法第九五八条の三に所謂特別縁故者とは被相続人と生計を同じくしていた者、被相続人の療養看護に努めた者その他被相続人と特別の縁故があつた者で家庭裁判所が分与を相当と認める者を指すのであるが、申立人青木すぎは被相続人と生計を同じくし、その療養看護にも努めた者であること上記認定のとおりであるから、正に同法条の特別縁故者に該当する。そして被相続人の△△派○○節における芸道一筋の生涯と、その家元との特別の関係より見れば、申立人立川春夫も亦被相続人と同法条に謂う特別の縁故があつた者と認めることが出来る。

申立人伊豆君代、同広瀬豊、同広瀬三郎、同広瀬信一については、被相続人の亡妻信子の弟妹としての親族関係が認められ、被相続人との交情から、被相続人に対する親近感は尤もでその哀惜は察することが出来るが、分与の理由とする趣旨は専ら亡妻信子の遺産に関してその菩提を葬う哀惜の情より発して、延いて被相続人の遺業を顕彰せんとするもので、亡信子の死亡後二〇数年を経過し、嫡子の遺産処理も終了している現在では希望的主張としては兎も角同法条による被相続人の遺産の分与を相当とする特別の縁故者とは認め難い。

次に分与の程度方法であるが、申立人立川春夫は芸道上の見地から被相続人の作曲面についてそれが正しく保持伝承されることを念願してその分与を求め、申立人青木すぎは全部の遺産の分与を求めるが、その趣旨は上記(2)の(ロ)認定の通り被相続人の遺業を保存して後世に伝えるため公共の用に供する適当な具体策を作成して幸にも○○劇場の協賛の下に財団法人の設立までに至り、毫も私心なき誠心誠意の態度は立派であるといわなければならない。

よつて、申立人立川春夫、同青木すぎの熱意に賛し、また、分与は相当としないが申立人伊豆君代外三名の弟妹の被相続人の文化的遺業顕彰の趣旨を酌んで、主文の通り審判する。(吉村弘義)

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